よく「本質を見抜く」などとして使われる「本質」という言葉ですが、これについて考えたことがありますか?

本質が何かわかってないと、見抜くもなにもありません。

今回は、本質とは何かを『「考え方が違う」とはどういうことか?(考え方は2種類しかない)』を参考にしながら、書いていきたいと思います。

僕が人に聞いた本質のイメージは「物事の中心部分」やったり「核心」だったりしました。

僕の考える本質もほぼそれらのイメージに近いと思います。

いきなり結論からいきますが、「本質」とは、これ以上ないと思えるくらいに抽象化されたものです。

「思える」としたのは、抽象化しようと思えば、無限にできてしまうので、対象とする物事において、これ以上ないと思える程度できていたらいいと考えたからです。

抽象化とは、物事の共通事項を抜き出してきたものであるので、本質には例外がありません。つまり、例外が出てくるということは、抽象化の程度がまだ足りないか、適切に抽象化できていなかったことになります。

そして、本質を見抜く手法は、対象とする物事のあらゆる情報について共通する部分を見つけて抜き出すことです。

本質を言いかえたものに、「原理原則」「意味」などがあります。

この「意味」も辞書的な意味ではありません。辞書に載っているのはその言葉の使われ方であって本質ではありません。本質に近いものではありますが。

なので、「本質」をつかむためには、自分で考えて抽象化していく必要があります。

そして、この「本質」をつかむのはとても重要です。

たとえば、一番身近なのが法律です。

裁判で何が問題になるか知っていますか?

裁判では、いろいろな争いが繰り広げられていますが、そのすべては、憲法や法律などに書かれている言葉の本質について争っています。

たとえば、刑法199条の殺人罪は「人を殺した者」は刑を科すとしています。

そこで、問題になるのは、「人」とはなにか、「殺した」とはどういうことか、裁判にかけられている被疑者の行為はその「殺した」の本質に当てはまるのか、です。そのほか正当防衛にあたるかや、心神耗弱にあたるかも問題になりますが、それらも、条文に当てはまるか、つまり、言葉の本質が問題になっています。

そのために裁判では議論され、証拠が出され、それらを元に、建前上誰が見ても納得できるような判決を下します。

以上から、人と議論するときには、言葉の意味、つまり本質が共通していないと話にならないので、本質が共有されているかの確認をしなければなりません。

だからこそ、本質は重要なのです。

そして、本質を理解しておくことは勉強にも役立ちます。基本的な教科書は、ほぼ抽象部分(本質)→具体的部分の順に書かれています。

そのことを理解しておけば、物事を勉強する上で、詰まってしまったときに、自分になにが足りないか把握し、戻るのに役立ちます。

また、本質がわかっていれば、応用がききますし、ぶれることがなくなります。

以上のことは、トレーニングをする上でも役立ちます。

自分のトレーニングの本質は何なのか?自分が今行っているトレーニングはその本質に則ったものか確認していけば、よりよいトレーニングをすることにつながるでしょう。



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